1958年(昭和33年)

資本金100万円にて、粘着性印刷材料、工場での防音対策の防音耳覆(イヤーマフ)、工場用手洗い中性洗剤(タツミロン)、錆止め(エバーズ)・ネジ・緩み止め化学処理剤な輸入販売を目的として設立する。

当時として画期的な製品の粘着性印刷材料(シール)は、工場構内の標識に、また宣伝用ステッカーとして採用されるようになったが、当時はその印刷加工のできる工場が少なく、技術も稚拙で、拡販のためシール・ラベルなどの材料販売の他印刷加工も併せ行うようになる。

1961年(昭和36年)

資本金を400万円に増資し大阪市に支店を開設、輸入に頼っていた印刷材料が三菱樹脂の「ヒシネーマー」の製品名で国産化されることになり、その代理権を得て樹脂・金属・特殊紙などの粘着性印刷材料の販売と印刷、加工を主営業目的とし、東芝・コニカ・ニコン等の製品ラベルや取扱いラベル、JFEホールディングスの製鉄梱包ラベル、また東海道新幹線、営団地下鉄車両の表示にも採用される。

また特殊印刷のノウハウを生かし、明治生命をはじめとする生命保険各社、郵便局の販売促進ツールの企画納入と営業の範囲を広げる。

1964年(昭和39年) 資本金を600万円に増資。
1971年(昭和46年) 経営の合理化を目的とし、大阪支店が立巳産業株式会社として分離独立する。
1995年(平成7年)

資本金を1,000万円に増資し、ますます進化する印刷技術力の強化のため、永年の協力工場と、より一層連携を図る。

1998年(平成10年)

新社屋を購入、移転。特殊印刷のノウハウを、スマートメディア用シール、医療用対減菌ファイムシール、促進ツール関連などの新しい分野に生かし、クライアントのニーズに応えるべく、より総合的な企業を目指している。